以前からずっと疑問に思っていたことのひとつに、株式の異銘柄のサヤ取りがあります。
「株式異銘柄のサヤ取り」というのは簡単に言えば、トヨタとホンダなどの同業種銘柄において、高い方を売り、安い方を買うという戦略のことです。
「サヤ取り」というのは、何らかのタイミングで一方の銘柄が高すぎる、あるいは安すぎる価格を付けたとき、このポジションを組んでやれば、本来の“正常な”状態に戻る過程でその価格差(サヤ)が縮小し、利益を生み出せる、というもの。
この「サヤ取り」という戦略は、昔からある非常にポピュラーな戦略で、ミドルリスク・ミドルリターンの戦略として、多くのファンドで採用されているのが現状です。
取り扱われる対象も、株式だけでなく、株式指数や商品の先物、オプションなど多岐にわたり、“堅実な”投資戦略として知られています。
さて、ここで話題にしたいのは「株式異銘柄のサヤ取り」です。
はたして、異なる企業の銘柄同士で優位性のあるトレードができるのか、という疑問です。
まずは散布図で株価を分析
株価の動きを調べるために、まずはエクセルで散布図を作ってみます。
直近90日のトヨタとホンダの終値をプロットしたものが以下になります。
横軸がトヨタの株価、縦軸がホンダの株価です。
日付を入れているのでごちゃごちゃしていますが、何月何日頃にはそれぞれの株価がどの辺りに位置しているかはおおよそ分かるでしょう。
時期によって、点が塊になっている様子が見られます。
また青い線は、これらの点の近似曲線(直線)です。
最小自乗法によって求められるもので、その式は図の右上にもあるように、以下の一次式で表現されます。
y = 0.4222 * x + 725.68
これらの操作は、エクセルを用いると比較的簡単に算出することができるので、興味のある方は調べてみることをおすすめします。
ここで注目したいのは、プロットされた点は、この近似曲線の周りにきれいには分布していないこと。
ばらつきが相当大きく、いわゆる正規分布の状態にはなっていないことです。
株価は正規分布しない
結論から先に言ってしまえば、株価は正規分布しません。
なので、世間でよく言われる「株価が1標準偏差内に収まる確率は68%、2標準偏差内に収まる確率は...」というのは、そもそも前提が間違っているので成り立たない、ということです。
「1標準偏差なら68%云々」というのは、それらのデータが正規分布するのが前提であって、そもそも正規分布しないのなら、1標準偏差内に収まる確率は68%あるかどうかわからないわけです。
この重要なポイントを間違ってしまうと、金銭的、精神的に大きなダメージを食らってしまうことになります。
実際にシュミレーションするのもいいでしょう。
株価が1標準偏差に来た時ポジションを組むと勝率が68%になるのか、2標準偏差なら95%になるのか?
期待に反して50%程度にしかならないのなら、それはギャンブルをしていると同じです。
であれば、サヤ取りという複雑なポジションを組まずに、片持ち(アウトライト)でトレードするのとそう変わらないわけです。
(サヤ取りなら2倍取られる手数料などを考えると、むしろその方がいいかもしれません)
売買株数の誤解
ここまでで、株式異銘柄サヤ取り賛成派の方には、気分を落ち込ませてしまったかもしれません。
ですが、ぜひとも知っておいてもらいたいことがあり、もうひと押しすることをご了承ください。
株式異銘柄サヤ取りで悩ましいのは、それぞれの銘柄の株数をどのくらい買う(あるいは空売り)するか、という問題です。
多くの場合、総代金(株価*売買株式数)の金額を合わせる、という手法が取られているようです。
ですがそれは本当に正しいのでしょうか?
この点もずっと疑問に思っていたことなので、ここで先の散布図を用いて考えてみます。
先の散布図には、5/19の終値でポジションを組んだときの状態を緑色の線で示しています。
トヨタが横軸、ホンダが縦軸ですから、「トヨタ売り・ホンダ買い」のポジションを組んだとき、この緑色の線よりも上なら利益ですし、この線よりも下なら損失、ということになります。
そしてこの直線の傾きは、トヨタ、ホンダそれぞれの売買株数の比によって決定されます。
ホンダに対してトヨタの株数が多ければこの直線の傾きは急に(垂直に近く)なりますし、逆なら水平に近くなる、という具合です。
さて、そういう視点でこの散布図を見ると、トヨタ、ホンダそれぞれの株数はどれくらいの比で購入するのが最も有利か、ということです。
散布図から直感的に思いつくのは、青色の近似曲線と同じ傾きが最も有利そうです。
これは緑色の実線ですが、この実線で表現されるポジションであれば、少なくともここにプロットされている過去のデータのほとんどが利益になっている状態です。
もちろん、将来的にデータがどこにプロットされるかは分かりませんが、過去90日と同じような動きであればハッピーになれそうですね。
このときの緑色の実線の傾きは、近似曲線と同じで約0.42です。
つまり、ホンダが1に対してトヨタが0.42の株数の比であれば、このポジションを実現できます。
一方で、売買代金を合わせる手法だとどうでしょうか?
5/19の時点でトヨタは5,965円、ホンダは3,050円ですから、約2倍の価格差になっています。
ですから、売買代金を合わせるという考えなら、ホンダが1に対してトヨタが0.5になります。
そして、そのポジションを組んだときが緑色の破線になります。
この場合、近似曲線よりも傾きが若干ですが急になることがわかるでしょう。
そしてまた、実線では利益になっていたはずの1月頃の点が、逆に損失になることも分かります。
つまり、売買代金を合わせる、という一般に知られている手法では、決して有利なポジションは組めない、というわけです。
そして結論
ここまで見てきたように、「株式異銘柄のサヤ取り」は決して有利なトレード手法ではありません。
そもそも、異なる会社の株価がサヤ寄せするという合理的な理由はどこにもないわけです。
株価の動きの源泉である「企業価値」は常に変化しているし、それは会社ごとに異なるものでもあります。
たとえ一見して同じ動きをしているように見えたとしても、それは日経225やTOPIXなどの指数に連動しているから、というのが主な理由なのでしょう。
ときとして、全く異なる業界の銘柄同士が、サヤ取りの候補に挙げられることがあります。
金融業のA社と製造業のB社といった具合ですが、そもそもこれらの企業間には何らの関連性もないはずです。
それなのにサヤ取り候補として挙げられるのは、根本的な何かが間違っていることを示唆しているような気がします。